幼少期に近所に脚が変形し、くの字になって歩かれているご年配の方がいまして、幼心に「なんで、あーなってんだろ？治せないの？」と思いました。
そんなとき学研の科学に「未来の医療特集」に人工心臓の隣に人工関節が掲載されていて、心躍り、将来これをやろうと決めました。
ですので、医師を目指す前に「人工関節を使った仕事がしたい」が入り口で、そのために医師なりました。
よって当然、整形外科の中でも人工関節の専門になるのは私の中では必然でした。かっこ良く言えばそうですが、単に動いたり曲がったりする物が好きなだけかも知れません。
また、スポーツ観戦や動物の動きなんかを見るのも大好きです。

長年のご苦労とお仕事によって傷んでしまった関節を金属とセラミックとポリエチレンでできた人工の関節に替える手術です。
一旦傷んでしまった関節を治すお薬や注射はまだ発明されていません。ですので、現在は人工関節にするしかないのが現状です。
でも人工関節って聞くとなんだか怖いイメージが有るかもしれません。
しかし、実際に行うことは違いますが、虫歯になったら、虫歯を削って金属の被せ物（クラウン）を入れたり、差し歯にするのと基本同じようなものです。
手術の傷口も以前は20ｃｍありましたが、現在は10～12ｃｍと小さくなりました。
日本全体ではひざの人工関節手術は年間10万人、股関節は7万人の方が手術を受けられており、今や特別な手術では無くなってきています。

良く聞かれる質問ですね。確かに10年ほど前ですと残念ながら人工関節は10～20年しか耐久年数が無いと言われていました。
その影響で昔手術を受けた方やご家族が「人工関節は10年しかもたないよ」と言われているのを聞いたと良く耳にします。
しかし現在は人工関節の研究開発が進み、耐久性は以前の倍以上と非常に向上しています。

日常生活で痛みを多く感じるようになったら、手術を行った方が良いと思います。
階段の上り下り、車の乗り降りに痛みを感じたり、10分歩くだけで痛みにより立ち止まってしまうなどあれば検討すべきと考えられます。
特に、夜寝ている時に寝返りで痛くなって起きてしまう事があるようでしたら、早々に手術すべきです。
関節の痛みでお悩みの方は、まず近隣の人工関節の専門医によく相談してみましょう。
保存療法だけでなかなか良くならないと感じる場合や人工関節手術についてお考えの方は色々な医師にご相談されることをお勧めします。

現在は麻酔科の先生の技術と我々の手術技術の向上で、手術後はほとんど痛くありません。手術後目が覚めたら痛くないので「本当に手術終わったんですか！」と聞かれる方や痛くないのですぐに歩こうとされる方がいるくらいです。
痛み止めを上手く使い、手術したところの痛みを無くす「ブロック麻酔」の普及と全く筋肉を切らない手術方法により手術後の痛みを訴える方は非常に少なくなりました。
6年前に右膝を手術し、今年左膝を手術した患者さんは「前と全然違う。痛くない！なんで6年前も痛くなくしてくれなかったの！！」と冗談をおっしゃっていたくらいです。

手術翌日には点滴、尿道カテーテルの管も取りますのでリハビリは手術翌日から始まります。
お手洗いも翌日から普通に可能になります。もちろん必要があれば、最初は看護師がお手伝い致します。
歩く訓練、関節を動かすリハビリは理学療法士とマンツーマンで基本毎日行います。多くの人は3～4日間で問題なく歩くことができるようになります。よって7日くらいで退院できる方も多いです。平均すると13日で退院できます。
年齢が高く、体力に自信のない方は3週間ぐらい入院されますが、なるべく早くリラックスできるご自宅に帰れるようにお手伝いします。

机での仕事は退院してすぐ可能です。肉体労働の場合は手術後1か月から開始してください。
しかしほとんどの方が「今まであった痛みが無くなったので、働きやすくなった」と退院後すぐに復帰されています。
スポーツは格闘技と高いところから飛び降りるスポーツ以外は全く制限が有りません。ゴルフ、テニス、バトミントン、バレーボール、山登り、乗馬、野球、サッカーなど何でもされています。
因みに2016年ウインブルドンに優勝したテニスのアンディ・マレー選手は30歳の時人工股関節手術を受け、その後競技に復帰しバリバリに試合し、現在は世界ランキング52位まで回復しています。

実は、私は自身の母親に両方の股関節の手術を執刀しました。現在86歳の母は、手術後17年経過していますが全く問題なく杖など使わず生活しています。
正座もあぐらもできますし、週1回プールで泳いでいます。手術する前は痛みにより鬱状態であった母親が手術後、痛みから解放され心身共に元気になりました。
手術後は孫たちと遊べるようになったことが一番うれしいと言っています。人生には意外と時間が有りません。長いようで短いものです。
人生で一番大事なのは「幸せな楽しい時間」です。それには痛みなどあっては全く話になりません。癌の手術は「人生を長くする手術」ですが、人工関節の手術は「人生を変える手術」と考えています。
現在は人工関節の製品の向上と手術技術の向上によって以前に比べると格段に人工関節が身近でより良いものなりました。関節の痛みで悩まれていたら一度専門の医師に相談していただく事をお勧めします。